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夏の来客 [暮らし]

今年の夏は、土日が、雨や台風に重なってしまい、海の家のボスは渋い顔をしています。

26日以降もパッとしない天気が続き、今日で4日連続休業状態です。

海の家も、やっと終わりです。

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8月23日、土曜日。その日も曇りでした。

いつものように海岸で客引きをしていたら

見覚えのあるトライク(三輪バイク)が通り過ぎていきました。

ひょっとして、あのトライクは…

走り去った方向を見ていると、再び反対車線を走ってくるトライクの姿が見えました。

注意を惹くために大きく旗を振ったのですが

私に気付かなかったのか、そのトライクは、またもや走り去ってしまいました。

その時、チラッと見えた運転者の顔は、間違いなくあの人でした。

しばらく経った頃、そのトライクが、もういちど戻ってきました。

今度は、道路で旗を振っている私に気づいたようで、駐車場入口の手前で減速しています。

どうやら私であることを確認できたようです。

実は、その人と会うのは初めてですが、以前から旧知の間柄のような親近感を抱いていました。

トライクから颯爽と降りてきたのは、2kさんでした。

慌てていたので逆光で撮ってしまいました。ごめんなさい。
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「初めまして」の挨拶もなく、私たちは握手していました。

よく来てくださいました。

ほんとに、うれしく思います。

2kさんとは、いつか逢えるだろうと思っていたし、ぜひ逢いたいとも思っていました。

客引きの仕事を早上がりして、2kさんにお付き合いしたかったのですが…

次回お会いできるときに、楽しみは持ち越すことにしました。

こういうカタチで出会うのもオフ会だとするなら、短い時間でしたが、とても楽しかったです。

今度は、私が東京へ行きます。
タグ:夏の来客

変わらなきゃ [暮らし]

「父さんは、変わろうとしない…」

この台詞は、ドラマ「北の国から」で、意地を張って頑なになっている父さん(田中邦衛)を

息子の純(吉岡秀隆)が嘆くモノローグです。

このドラマを初めて観たときは、わからずやの父を持った純の気持ちになって

この台詞を聞いていたと思います。

後に、このドラマを観なおしたときは、自分が歳をとったせいか

なかなか変わることのできない父さんの気持ちになって、この台詞を聞いていた気がします。

先週の「ほぼ日」のコラムに、糸井重里が、こんなことを書いていました。

「生き方って、ひとつだけじゃないと思うのです。
 それこそ、人間の数以上に生き方はあるわけで、
 こうと決めたらテコでも動かないなんて、
 思いこむ必要はまったくないはずです。

 ―中略―
 
 じぶんの生き方は変えられないんだと思いこんだら、
 そこからしか世界は見えてこない」

私も、何度か、変わりたいと思ったことがあります。

生き方を変えるとか、自分以外の人になろうとか、そんな大それたことではありません。

もちろん、そんなことできっこないのは分かっています。

今の自分を肯定しつつ、ほんの少し自分の世界を広げられればいいなと思うのです。

そのためには、少しだけ変わる必要があると思いました。

今までほったらかしにしていたことに手を付けてみるとか。

考え方のちがう人の話に耳を傾けるとか。

せいぜい、そんなことです。

うまく変われたこともあったし、やっぱり変われなかったこともありました。

「変わらなきゃ」

そんなことを考えるきっかけになったのが95年の日産の広告でした。

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企業が、自ら、こんなことを言うとは思っていなかったので、ちょっと驚きました。

ただの広告と言ってしまえば、身も蓋も無いですが。

私は、今でも時々「変わらなきゃ」と思うことがあります。

しかし、だんだん変われなくなっていく自分に、もどかしさを感じるようになりました。

ROCK IN JAPAN FES. [暮らし]

海の家がある海水浴場の隣には「国営ひたち海浜公園」があり

毎年8月は ROCK IN JAPAN FES. が開催されています。

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今年も8月2日/8月3日、8月9日/8月10日の2週にわたり開催され

のべ4日間で約200組のアーティストが出演するようです。

出演者の顔ぶれは、私にはあまり馴染みがないので、海岸に漏れてくるライブの音を聴いても

誰の曲なのか、さっぱり分かりません。

このイベント、当初は、ROCK FESではなく

「ひたちなかオーシャンブルー・ジャズ・フェスティバル」というJAZZ FESでした。

ラムゼイ・ルイス、秋吉敏子、マイケル・ブレッカー、日野皓正などが出演していて

潮風の中で聴くジャズは、映画「真夏の夜のジャズ」のような雰囲気がありました。



私は、あいかわらず、海岸通りに立って旗を振りながら、客(クルマ)を引いています。

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ウエストポーチには、駐車券と海の家利用券、つり銭などが入っています。

子供の頃から日焼けには慣れていますが、今年の暑さはさすがに堪えます。

ロートルたちの夏 [暮らし]

今年も海の家を手伝っています。

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海の家も、今日で3週間が経ちました。

私の仕事は、海岸通りを走るクルマを海の家の敷地駐車場へ誘導し

駐車料と海の家の利用料を徴収することです。

言わば、海の家の客引きです。

駐車料は、1台1,000円。海の家の利用料は、大人800円、子供600円。

これだけの収入では、海の家の経営は成り立ちません。

引いた客たちが、海の家で飲み物や食事を摂ってくれたり

ビーチパラソルや浮き輪、サマーベッドなどを借りてくれることで、どうにか成り立っています。

私は、毎朝7時から午後2時まで、海岸通りに立って客を引いています。

客の入りがよければ気が紛れますが、入りが悪い時に、照りつける太陽の下に立つのは

けっこう堪えます。

たいへんなのは、調理場も同じです。

いか焼き、サザエのつぼ焼きなどを焼く鉄板の熱気や、カレーやラーメンを作る鍋の湯気で

調理場はうだるように暑いです。

午後2時に客引きを終えると、やっとひと休みです。

その後は浜辺に降りて、ビーチパラソル、サマーベッド、浮き輪などの回収作業をします。

浜辺に降りると、客たちから頼まれて写真を撮ったりすることもあります。

客たちの多くは、栃木、群馬、埼玉など、海のない県から茨城を目指してやってきます。

※ブログ掲載の許可をいただいています。
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私が働いている海の家のスタッフの平均年齢は69歳です。

こんなに平均年齢の高い職場も珍しいのではないでしょうか。

最年長は81歳。

もっとも多い年齢層が、60代後半から70代半ばまでで5人。

海の家の経営者と私が59歳の最年少で、平均年齢を少しだけ下げています。

帳場1名、スナック係り1名、焼そば係り1名、食事係り2名、レンタル係り1名

客引き2名という構成です。

このメンバーは、3年前と変わりませんが、来年になれば、さらに平均年齢は上がるでしょう。

ところが、海の家では、私たち若手?より、年長者のほうがはるかに元気がいいんです。

隣の海の家には、パラソルや浮き輪などのレンタル品を担当している80歳の男性がいます。

その方は、町で会うと腰も曲がって歩くのがやっと、という感じなのに

夏の浜辺では、パラソルやサマーベッドを抱え、背筋をしゃんと伸ばして歩いています。

浜辺には、老人たちを若がえらせるホルモンが溢れているのでしょうか。

ロートルたちの夏は、8月25日まで続きます。

吃音症 [暮らし]

私は、子供の頃からちょっとした吃音症で、小学生の頃はドモリと言われていました。

吃音症とは、発語するときに同じ音が連続して出てきたり

言葉の途中で一時的に発語に詰まって無音状態になり、円滑な会話ができない状態です。

小学校の先生は、ゆっくり息を吸って、吐く時に言葉を発すればいいと教えてくれました。

しかし、次から次へ話題が変わっていく座談のような場合

思ったことを言葉にする前に息を吐くと、しゃべり出しが遅れてしまい

会話の流れの中に入るきっかけを失ってしまうのです。

一対一の場合や、自分の考えを述べるような場合は、ドモらずに話せるのですが

流れの中で、畳み込むように発言しないといけないような場合の会話は、今も苦手です。

そういう時は「なるほど」「そうなんだ」などの相槌しか打てません。

もちろん、スタッフ打ち合わせなどで自分の意図や注文を出す時は別です。

最近は、テレビのひな壇芸人のような座持ちの上手な一般人も増え

会話のテンポも、だいぶ速くなってきたように思います。

私は無口なほうではありませんが、宴会などの席では、そのテンポに付いていけないため

自分から話題を振ることは少なくなりました。

そのかわり、テレビやラジオでは絶対的タブーとされる

話が途切れてシーンとする時間は嫌いではありません。

微妙な距離感と、ちょっと気まずい空気感。

むしろ、そういう沈黙を好むところがあります。

それでも、一対一で座持ちがせずに困ることもあります。

そういう時は、お天気の話をします。

たとえば、それほど親しくない人と同じ電車に乗り合わせた場合などは

これに限ると思っています。

他愛ないお天気の話から、予想もしない話題に発展することもあるからです。

私は、これからも自分の吃音症と付き合っていかなければなりませんが

自分の人格や性格は、この吃音症と大きく関わっているように思うのです。

山菜摘み [暮らし]

夏野菜の植え付けが一段落したので、山菜を摘みに行きました。

野生の三つ葉があるという話を聞いていたので、いちど行ってみようと思っていたのです。

山間にある公園に面した道路下から茂みに分け入ります。
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長年の落ち葉が堆肥化して、茂みの中の土はフカフカです。

泉が湧くように、いろいろな草が萌え出ています。

一般道から、ちょっと山に入っただけなのに、風の音が聞こえ、瑞々しい緑が匂います。

少し歩くと、目当ての三つ葉はすぐ見つかりました。
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一面に広がる三つ葉を摘んでいると、家内はセリを見つけたようです。
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次々に、フキ、わらびなども見つけることができ、すぐに持参した袋がいっぱいになりました。

もう少し中に分け入れば、他のものも見つかりそうな気もしますが

そのあたりで引き上げることにしました。

左から、セリ、ザルの真上は明日葉、ワラビ、フキ、三つ葉。収穫はこの3倍ぐらいありました。140508-6.JPG

さて、所用で、しばらくの間、ブログに向き合う時間が取れなくなりそうです。

ひと月ほど、更新や訪問が滞るかと思います。

再開できるようになったときには、よろしくお願いいたします。
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手前味噌 [暮らし]

味噌は、なんとも奥の深い食材だと思う。

味噌汁、味噌煮、味噌焼き、味噌漬け、味噌炒めなど、味噌を調味料として使った料理には

ホッとした味わいを感じます。

わが家は味噌に季節の材料を加えた変わり味噌を、ご飯にのせて食べることも多いです。

蕗味噌、大葉味噌、青唐辛子味噌、ゆず味噌…

また、ネギ味噌、肉味噌、クルミ味噌などは、一年中作って食べています。

油断すると、ご飯が進んでしまうので気をつけなければなりませんが。

味噌は、食材となじみ、協調し、角を立てずに新たな旨みを作り出していきます。

それが、味噌の「しなやかさ」なのでしょうね。

あー、私も味噌のような人間になりたい。(笑)

わが家は3年前から、自家製の味噌を作っています。

先月も、家内が来年用のものを仕込んでいました。

手前味噌ですが、これがめっぽう旨い。

市販の味噌と違い発酵促進剤などを入れてないから、酵母や乳酸菌が生きています。

家内は、自分の姉といっしょに味噌作りをしているのですが、姉の味噌とは微妙に味が違います。

大豆を煮上げ、つぶしたものに麹と塩を混ぜ、ほぼ同じ時間熟成させているのに

なぜ味が違うのだろう。

たぶん、寝かせておく場所のせいではないかと思うのです。

姉の家は台所のシンクの下で寝かし、わが家は蔵の中で味噌を寝かせています。

わが家は、父の代まで醤油屋を営んでいました。

もろみ蔵や石室は、震災で崩れて取り壊しましたが、醤油樽のある蔵がまだ残っています。

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確信はありませんが、蔵のどこかに醤油の酵母菌が、まだ生きているのではないかと思うのです。

その酵母菌が、味噌の発酵に一役買っているのではないでしょうか。

人の手をひとたび離れ、菌に事をゆだねる。

自然の成り行きにまかせ、さからわず、その緩やかな流れの中で恵みを得る。

かつては、そこに私たちの営みがあったのだと思います。
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年寄りくさい [暮らし]

「ほら、その顔」

お茶を飲もうとしたら、年寄りくさい顔になった、と家内に言われた。

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柄の付いたカップでコーヒーを飲むときはそうでもないが

湯のみ茶碗だと、顔が前に出て口元の表情が緩み、表情が年寄りくさく見えるらしい。

さらに、畑を歩き回る姿も年寄りくさくなったと言う。

まるで落し物を探している老人のような歩き方だ、と。

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よけいなお世話だと思ったが、何も言わずに聞き流した。

年寄りなんだから、年寄りくさくなるのは当たり前だと開き直ってみるか。

「街の遊撃手」を気取って渋谷のスクランブル交差点を渡っていた時に比べたら

今の歩き方は違うだろうな、と自分でも思う。

誰もいない畑の中では、都会を歩く時のような注意力も警戒心も必要ない。

長靴を履いて無防備に歩く姿が、年寄りくさい歩き方に見えてしまうのかもしれない。

筋力の衰えもあるだろう。

かといって、スポーツジムなんかに通って、カラダを鍛える気なんかはさらさらない。

以前、ジムの入会金と会費を6年間払い続けて、一度も行かなかった実績が私にはある。

だけど、年寄りくさいと言われると、ほかにも思い当たるフシがある。

外出をするのが億劫になったこと。

一日中、野良着で過ごしているので、洋服を買わなくなったこと。

DVDを観て夜更かしすることが減ったので、寝る時間が早くなったこと。

必然的に、朝起きる時間も早くなったこと・・・

なぁんだ。

年寄りくさくなったということは、まっとうな人間になったということじゃないか。

屁理屈を並べて納得してみる。

財布の中身 [暮らし]

私が小学生の頃に「ただいま11人」というテレビドラマが放送されていた。

その中に出てきた、ある台詞を今でも憶えている。

「ただいま11人」1964年~1967年までTBSで放送されていた。
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「近頃は、お財布の中に千円札が入っていても、映画観て、お食事したらなくなっちゃうわね」

長女役の池内淳子と次女役の渡辺美佐のやりとりだったと思う。

大人は、そんなふうに千円を使うのかと、妙に納得した憶えがある。

今なら、4~5千円ぐらいだろうか。

私が外出時に持ち歩く現金は、そのドラマで交わされた台詞に倣っているフシがある。

映画を観て、食事をして、タバコを買って、コーヒーが飲めれば充分だと思っているからだ。

不意な買い物もめったにしないので、私がキャッシュカードで一度に引き出す現金は

特別な場合を除き、いつも1万円です。

最近は誰かと食事をすることもないし、映画館に行く回数も減ったし

毎日買うのはタバコぐらいなので、1万円あれば2週間ぐらいもちます。


財布の中身で思い出す話がある。

ニューオリンズでロケをしていた時、私物のフィルムカメラのリチウム電池がなくなって

近くのカメラ店に買いに行った。

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コイン型のリチウムイオン電池は、10ドルもあれば買えるだろうと思っていた。

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カメラから電池を抜きだし、店員に同じものが欲しいと言うと、150ドルだと言ってきた。

聞き間違いかと思ったが、そうではなかった。

観光客だと思ってふっかけているのだろうが、150ドルはあまりにも法外な値段だ。

クレジットカードなら、5%追加とも言っている。

私の財布の中には、わずかな米ドルと数千円しか入っていない。

困り果てて財布から20ドル出して、これで売ってくれないかと頼んでみた。

その時、店員が財布の中の日本円に目を付けているのを、私は見逃さなかった。

「1000という紙幣は、ドルに換算するといくらだ?」と店員が訊いてきた。

店員は、ドル/円の為替レートを知らないようだ。

しくじらないように私は真顔で答えた。

「両替すれば約300ドルなので、150ドルの釣りをくれるなら、これで払ってもいい」

店員は仕方がないという表情を作りながら、その提案に応じようとしていた。

取引は成立した。

私は、千円でリチウムイオン電池を買い、150ドルの釣りをもらって店を出た。

早足でホテルに戻りながら「おぬしも悪よのう」と、つぶやいた。

タグ:財布の中身
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黒と白 [暮らし]

だいぶ前の「天声人語」に、黒歴史という言葉が書いてあった。

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人に言えない、知られたくない過去、なかったことにしたい失敗などを言うらしい。

前の恋人の写真を保存していて今の恋人に見られてしまう。

その種の不都合な情報も黒歴史と呼ばれるようです。

笑い話で済むようなことならいいが、私も抹消してしまいたい失敗やしくじりは数限りなくある。

私の黒歴史の原因は、準備不足による不用意な発言や行動のせいだと思っている。

スポーツ選手が「しっかり準備をして、プレーに備えたい」などと言うのを聞くことがある。

そういうコメントを聞くたびに、優秀な人間は周到な準備を怠らないものなのだと気づかされる。

黒歴史を作るたびに、私は、あるものを思い浮かべる。

豆腐。

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豆腐には、崩れそうで崩れない、やわらかな矜持がある。

むやみな自己主張をしない慎みがある。

どんな味にもなじむ器量の大きさがある。

あー、いつかは豆腐のような人間になりたいと思う。

その白い豆腐が、私の黒歴史を消しゴムのように消してはくれないだろうか。

消すことができないなら、それでもかわない。

ならば、これからの人生には、そういうものを残さずに生きていきたいものです。

「天声人語」は、こう、まとめている。

おのれの苦い黒歴史を咀嚼し、反芻する。思えばそれが、大人になるということか。
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